『自転しながら公転する』山本文緒

文句なしの面白さだった。

 

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『自転しながら公転する』山本文緒

東京で働いていた32歳の都は、親の看病のために実家に戻り、近所のモールで働き始めるが…。恋愛、家族の世話、そのうえ仕事もがんばるなんて、そんなの無理!誰もが心揺さぶられる、7年ぶりの傑作小説。(Amazonより)

 

タイトルとあらすじに惹かれてて、タイミングで読みたいなと思ってたら、本屋大賞にもノミネートされたとのことで急いで購入。

初めて読む作家さんだったけど、今まで読んでこなかったことに後悔している。

 

東京でアパレル関係に勤めていたけど田舎にUターンしてきた32歳。自分自身の状況と被るところが多くて没入しやすかった。

 

タイトルはどこか不思議だし、もっと女性に多そうな恋愛や仕事の悩みがメインなのかなと思っていたら、全然エンターテイメントしていなくてとことん現実的。両親とともに地方に生きる32歳独身の姿を足しすぎず引きすぎず描写していると思う。

 

降り掛かってくる悩みもメリハリがあったり、急展開を迎えるようなものであったりはせず、とことん地味なそれでいて簡単には逃れられなく、かと言って絶望しっぱなしってわけでもなく、他者と生活する上でずっと付きまとってくるようなものをリアルな温度で表現されている。

 

序盤の主人公と両親のそれぞれの視点からの描写は、お互いに思いやっているけどどこかすれ違っているというか、相手の意図するところからどこか見当違いの場所に行動が着地しているような感じがする。また、更年期障害によりコロコロと変わっていく心理描写もおもしろい。

 

あと、エピローグの風景が誰の視点なのか読み始めてもわからず、途中で「ああそういうことか」とわかった気になっても実はそうではなくて、確固たる予想が生まれるまでに陥るグルグルと悩ませてくる感覚も心地いい。

 

両親との、交際相手との、職場での、どん底ではないけど一歩進んで二歩下がる感覚がずっと作中通して続いていく感じが高揚や興奮とは別物の中毒性を与えてくれる。そんな環境でも日々は続いていくし、向かい合っていくしかない。

Dragon Ash降谷建志が、「同じ場所にいるように感じたとしても螺旋階段のように上には昇っていってる」てな感じのことを言っていたのを、全く同じ状況ではないけど思い出した。

 

作中のきっかけになりそうな場面を過ぎるたびに、「ここから好転していくのか」と期待してしまい、そしてそう簡単は行かず、最後の最後までわかりやすい幸福は訪れない。それでも、ずっとそんな登場人物たちを見守ってきた感覚になり、立ち食い寿司屋での会話には感極まるものがある。

都は彼に触れようと手を伸ばした。明日死んでも百年生きても触れたいのは彼だけだった。

 

 

自身の問題に悩みながら自転し、周囲との関係に頭を抱えながら公転していく。そこには良いことよりも苦しみのほうが多いのかもしれない。それでも百年先まで自身と向き合い、周囲とともに生き抜く覚悟を持った人生は素晴らしい。

「別にそんなに幸せになろうとしなくていいのよ。幸せにならなきゃって思い詰めると、ちょっとの不幸が許せなくなる。少しくらい不幸でいい。思い通りにはならないものよ」

 

 

 

自転しながら公転する

自転しながら公転する