『9月9日9時9分』一木けい

この全部が爽やかに終わらない読後感が癖になる。

 

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『9月9日9時9分』一木けい

愛される快感と、「人」を想う難しさ――。
バンコクからの帰国子女である高校1年生の漣は、日本の生活に馴染むことができないでいた。そんななか、高校の渡り廊下で見つけた先輩に、漣の心は一瞬で囚われてしまう。漣は先輩と距離を縮めるが、あるとき、彼が好きになってはいけない人であることに気づく。それでも気持ちを抑えることができない漣は、大好きな家族に嘘をつくようになり……。忙しない日本でずっと見つけられずにいた、自分の居場所。それを守ることが、そんなにいけないことなのだろうか。過ぎ去ればもう二度と戻らない「初恋」と「青春」を捧げ、漣がたどり着いた決意とは。
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読み始めは、登場人物の顔が想像しづらいというか、どこかちぐはぐした印象を持って、「なんか移入しづらいな」と感じるんだけど、徐々にその理由がわかってきて、気づくとそれぞれの悩みや葛藤に夢中になっていた。

ザ・青春のような恋愛模様と、その裏でお互いが背負っている、どうしようもない手放しきれない重荷の対比が見事でどんな面持ちで読んでいいかわからなくなっていく。

人物単体のその場面の発言だけで切り取ると、どこか狭量だなと感じるんだけど(特に姉と父)、そこに至るまでの感情の移り変わりは結局当人しかわからないもので、「どんな立場で、どんな意見を持って、どんな愛情を抱えて、どこまで相手に寄り添えるか」っていうことがテーマの一つのように感じられた。他人から見たら些細な出来事や思いでも、そこまでとそこからの変遷は本人しか100%はわかりえないとしても。

作中に出てくる、「認知が歪んでいる」っていう状態は、依存症とかでなくても大なり小なり全員が他者に抱えていることだと感じた。その中でも、それぞれが失敗しながら失言しながら少しずつ変容していく姿はめちゃくちゃ読み応えがある。

「誰だって失敗するよ。悔しくても悲しくても、これかなって答えをひとつひとつ探しながら、すこしでもよくなるようにやっていくしかないじゃん。」

この言葉に生きていく上での真理を感じずにはいられなかった。

 

この複雑な心象描写と人との関わりの難しさの表現はさすがだし、核となる人物がどんどん入れ替わっていくところも現実味があるし、朋温とのハッピーエンドで終わらせないところも人生の苦味を感じさせてくれて、爽やかさや多幸感でだけではない読後感に大満足。

 

 

9月9日9時9分

9月9日9時9分

  • 作者:一木 けい
  • 発売日: 2021/03/12
  • メディア: 単行本
 

 

 

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