大学時代は、その大学生しか住めない学生アパートに住んでいた。
はじめての一人暮らし。男女問わず友達を呼んで飲んだりゲームしたり、ありがちな大学生生活を送っていた。
異変が起きたのは大学二年生の春。
もともと眠りが浅く、金縛りにかかりやすい体質だった。授業中に机で突っ伏して寝たり、高速バスで寝たりすると、目をつむったままかかることが多かった。
ある日、アパートで寝ているとまた金縛りにかかった。
ただいつもと違うのは、目が開いたまま。
「あれ?初めてだな…」と思い焦り、目線だけ動かして足元の方を見ると、貞子のような長い黒髪の白い服を着た女の人が立っていた。
「マジかよ…」と驚いていると、目がいきなり迫ってきた。
「うわっ!!」って思った瞬間、体は金縛りから開放され、幽霊はいなくなっていた。
その日以降、幽霊を見たことはなかったけど、時々部屋で心霊現象が起きるようになった。
それは決まって、部屋に女性がいるときだけ。
アパートの最上階に住んでいるのに、天井の方から階段を昇る音が聞こえたり、カーテンを閉めて灯りも消しているのに、フラッシュのような光が起きたり。
女性が訪れている時にだけ心霊現象が起きることから、仲間内では「その幽霊が嫉妬してるんじゃないか」という冗談が生まれていた。また、前の住人らしき女性宛のダイレクトメールがいまだにポストに届いていたことから、幽霊をその女性と同じ「サチコ」(仮称)と名付けふざけあっていた。
時は過ぎて、三年生になる前の春休み。朝から降っていた雨がなかなか上がらない昼過ぎ。
部屋のインターホンが鳴った。
飲んで朝帰りしていた僕はその音で起き、受話器で応対せずに玄関のドアをすぐ開けてしまった。
そこには、両親と同世代くらいのおじさんとおばさんが立っていて、こう言ってきた。
「一昨年までこのアパートの一室に息子が住んでいたので、良ければ間取りを見せてくれませんか?」
寝ぼけていたしドアを開けてしまった手前、「汚いですけどどうぞ」と部屋に上げてしまった。
そうすると、おじさんだけが入ってきて、おばさんはずっと玄関に立っている。
散らかしきった部屋をぐるっと眺め、特に何事もなく玄関に戻っていくおじさん。
そして「お礼にこれどうぞ」と、九州のお土産を僕に渡し、二人は去っていった。
一人になり、まともに頭が働くようになり整理してみる。
不審な点がいくつも思い浮かんでくる。
・息子が学生時代に住んでいたアパートの間取りを見たことがないものだろうか?
・間取りを見たければ不動産会社に頼めばいいのではないか?常識的にいきなり今も誰かが住んでいる部屋を訪れるだろうか?
・部屋は最上階。僕の部屋に辿り着く前にどこかで対応してくれた住人がいてもいいのではないか?
・わざわざ間取りを確認するために九州からやってくるだろうか?
そこで妄想じみたある仮説が生まれた。
・僕の部屋が子供が住んでいた部屋であり、この部屋を狙ってやって来た
→一昨年(僕の入学直前)まで住んでいたとすると、息子と言っていたが本当は娘
・おじさんとおばさんの子供は、なんらかの事件に巻き込まれたか不幸に遭ってしまった
→子供を偲ぶための思い出を巡り、もしくは子供の行方を追っている
遅れてやっと、おじさんとおばさんに対する恐怖が募ってきた。
もしも二人が僕の部屋に異変を感じていたら、どうなっていたのか…。
そう考えていくと、部屋で女の幽霊を見たことや、転送届も出さずダイレクトメールが届いていたことも妙に納得してしまった。
そしてあることを思い出した。
おじさんとおばさんがやって来る前夜、僕は友人の紹介で、ひとりの女の子と知り合っていた。
名前は前の住人と同じ、「サチコ」だった。