『君の顔では泣けない』君嶋彼方

感情がよくわからなくなる。

 

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『君の顔では泣けない』 君嶋彼方

高校1年の坂平陸は、プールに一緒に落ちたことがきっかけで同級生の水村まなみと体が入れ替わってしまう。いつか元に戻ると信じ、入れ替わったことは二人だけの秘密にすると決めた陸だったが、“坂平陸”としてそつなく生きるまなみとは異なり、うまく“水村まなみ”になりきれず戸惑ううちに時が流れていく。もう元には戻れないのだろうか。男として生きることを諦め、新たな人生を歩み出すべきか――。迷いを抱えながら、陸は高校卒業と上京、結婚、出産と、水村まなみとして人生の転機を経験していくことになる。変な感覚に陥る。(版元ドットコムより)

 

去年話題になっていた作品をやっと。

入れ替わりは近年よく見かけるテーマかもしれないけど、この作品はそれによって生じるドタバタや葛藤だけではなく、「そのまま生き抜いていく」っていうところに焦点が当てられている。それは決して明暗がはっきりつくものではなく。

男女二人が入れ替わってからの15年を時間を前後しながら綴っていく物語。主人公の坂平陸の、元に戻ることへの未練や諦めから生じる、戸惑いや努力、葛藤がすごく伝わってくる。そしてヒロインの水村まなみへ対するある種の嫉妬、外見は水村であろうが内面の自分自身を認めてくれた友人・田崎という存在の喜び、ずっと続く入れ替わりだからこそ描写できる独特の感情が渦巻いている。

本筋ではないけど、主人公が女性として肉体関係を持つシーンでは、なにか見てはいけないものを見てるような、性描写に初めて抱く感情を抱いた。自分の容量が少ないからかもだけど。

また作中全体を通して、何度もタイトルの意味が頭をよぎり、どんどん意味を変えて伝えたい核心に迫っていく展開は読み応えがあった。

だけれども、読み取りきれなかったことがある。それはヒロイン・水村の本当の感情である。常に坂平を励まし、なんでもないように振る舞い、客観的には順調に人生を築き上げている坂平とは対照的に、飄々と生きていることの真意。特別不幸でも幸せでもない、だけれどもプラマイほどほどの生き方とも言い切れない、掴みどころがないけれども引っかかる存在のままとしてラストを迎えてしまった。もしかしたら最後にあるように、どちらかではなく二人合わせて一つの存在・心情だったのかなとも思う。

簡単な結末を迎えるのではなく、最後まで読み手に考えたり想像したりする空白を与えてくれる作品だった。これがデビュー作ということなので、次の作品も楽しみ。