『ワラグル』浜口倫太郎

まんまとやられたな。

 

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『ワラグル』浜口倫太郎

漫才師が挑む笑いと涙と戦慄の起死回生物語

崖っぷちの中堅漫才コンビ、リンゴサーカスのボケ担当、加瀬凛太は、冬の寒空の下、絶望していた。年末の漫才日本一を決めるKOM(キングオブ漫才の略)敗者復活戦で敗れ、決勝進出の一縷の望みを絶たれてしまったのだ。
おまけに相方は、今年ダメなら実家の生業を継ぐと公言していたため、コンビも解散となった。
なんとかして漫才を続けたかった凛太の前に、先輩KOM王者からある情報が寄せられる。死神の異名を取る謎の作家ラリーがコーチに付けば、KOM優勝も可能だ。事実、自分もそうして王者になれた、というものだった。半信半疑でラリーの元を訪れた凛太は、来年決勝に残れなければ芸人を辞めろ、と告げられる。(Amazonより)

 

深夜ラジオのCMで宣伝されていたこれ。

著者のことも知らなかったので、CMからは軽快なエンタメかなって想像して読み始めたら…手が止まらず一気読み。めちゃくちゃ食らわされた。

笑いに人生のすべてを懸けて、そして魅力に取り憑かれて、狂っていく人たちを熱量と滑稽さと悲壮感と危うさをすごくいいバランスで描いている。

お笑い関係者だった人が描く作品って、どうしてもコントのネタのようなイメージを持ってしまい、その上手さ的な部分が印象に残りがちだけど、これは物語と人間が強烈に焼き付く。

よく語れるようなお笑いの凄さや覚悟のようなものを、そちら側の自己陶酔に傾ききるのではなく、諦めや挫折、世間と比較したときの立ち位置など冷静に分析して描写しているので、僅かでも自分たちとの接点を持ち続けながら登場人物たちの感情に触れることができる。それがよく出ているのが、与一と文吾が初めて公園で話すシーン。日本一の漫才師という称号を持ちながらも、冷静に社会との距離を理解していて、そして理解しながらも、その距離を補うためにはもっとお笑いにのめり込混なければならないという狂気にゾクゾクしてしまう。

そして、そのようなお笑いに懸ける人間たちの物語に魅了されていると、終盤でガラッと、まんまと錯覚させられていたことが判明する。最初は「え?」ってうまく理解できないんだけど、自分が思い込んでいたことに気づきはじめると、どんでん返しの上手さというより、もはや寒気すら感じる。しかもメイン三人の主人公的要素の割合みたいなものまで一気に変わり、物語の全く想像していなかった面白さがどんどん押し寄せてきて処理しきれなくなる。

読み終えたあとには、興奮か幸福感か、それとも一抹の寂しさなのか区別しにくい感情が残り、それをもう一度味わって確かめて、そして著者が散りばめた仕掛けをじっくり味わい直したくてすぐにでも読み返したくなる。

今年読んだ中でもベストに入ってくるエンターテイメント作品だった。

 

 

 

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