『ステージ・ドクター菜々子が熱くなる瞬間』南杏子

新たな医療ドラマを観た。

 

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『ステージ・ドクター菜々子が熱くなる瞬間』南杏子

女医・菜々子が、市民会館のステージに立つ患者をサポート!「赤黒あげて、白とらない」末期癌のお笑い芸人が、人生最後の演芸会を企画。「屋根まで飛んで」白血病の少年が、音楽発表会に出たくとハンストを。「転ばぬ先の、その先に」玩具メーカー社長が、歩行困難を押して壇上で挨拶を。「春歌う」演歌歌手のコンサート。招待客は全員75歳以上の後期高齢者で。「届けたい音がある」和太鼓サークルのメンバーは、慢性疾患持ちぞろい。「風呂出で詩へ寝る」アルコール依存症で悩む、市民合唱団の指導者は…。現役医師のリアル医療小説!(Amazonより)

 

舞台に立つ人をサポートする「ステージ・ドクター」の物語。存在はちょっとは知っていたけどスポットを当てて注目するのは初めてだった。

 

作者の物語って、医師ならではのリアルさや切迫感、ひしひしと伝わってくる悔しさなどが醍醐味の一つだと思ってたけど、今作はどこか牧歌的というか、いい意味で焦燥によるスピード感がなく、じっくりと読むことができた。

 

ステージに立つ人を患者としながらも、相手はほとんどアマチュアというか市民。だからこそその人たちがどんな想いや信念を持って、病気の体に鞭打って舞台に立とうとしているか、混じりっ気のないシンプルな熱量で伝わってくる。それはプロではなく損益や今後のこと、周囲のことを気遣わなくていいというどこか捨て身なような姿勢によって増幅されているのかもしれない。

菜々子が第一章で想うこの言葉が印象的。

「ヒラメ師匠は患者としては零点だったかもしれない。けれど安静にしていれば百点だったのだろうか」

作者が終末期医療に関わっていることもあるからか、このなにも顧みなくていい選択のような心理描写も良かった。

 

それに対する菜々子は医師としての技術的な側面よりも、今作では医師としての心の強さに焦点が絞られていたと思う。

医療ミスのようなものを訴えられ、自身も心に深く傷を負ったという割とあるパターン。だけど、芯の強さを取り戻していく過程が、医療現場よりも練習場や舞台上のやり取りで強調されているから、医療ドラマというよりも純粋なヒューマンドラマとして再起していく姿を楽しむことができる。

また、物語通して描かれる梨花への悔いについて、最終章でどんでん返しが起こったと一瞬こちらに期待させながらも、あえてはっきり断定することはせず、苦味を取りきらないまま終わりを迎えるところも、現実感が伝わってきてゾクッとした。

 

作者の新たな側面を見れて、これからの作品も楽しみになった。

 

 

ステージ・ドクター菜々子が熱くなる瞬間

ステージ・ドクター菜々子が熱くなる瞬間

 

 

 

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