『正欲』朝井リョウ

もうあとには引けない。

 

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『正欲』朝井リョウ

あってはならない感情なんて、この世にない。
それはつまり、いてはいけない人間なんて、この世にいないということだ。

息子が不登校になった検事・啓喜。
初めての恋に気づいた女子大生・八重子。
ひとつの秘密を抱える契約社員・夏月。
ある人物の事故死をきっかけに、それぞれの人生が重なり合う。

しかしその繋がりは、"多様性を尊重する時代"にとって、
ひどく不都合なものだった――。

「自分が想像できる"多様性"だけ礼賛して、秩序整えた気になって、
そりゃ気持ちいいよな」

これは共感を呼ぶ傑作か?
目を背けたくなる問題作か?

作家生活10周年記念作品・黒版。
あなたの想像力の外側を行く、気迫の書下ろし長篇。(Amazonより)

 

10周年の白版『スター』も作者らしくて面白かったけど、これは作者史上一番の問題作であり、個人的に今年読んだ本で一番だった。

著者の作品はだいたい読んできて、20代前半の時の作品は、こちらの痛いところ突かれてような感じもしつつ、スラスラ読めるような感じだったけど、年を経るごとにそのバランスが逆転したとというか、読み進めやすいとは言い難いけれども、捲る手を止められない中毒性が増してきた。特にこの2〜3年の作品は。

今作においても「特殊性癖」ということが軸の一つになっており、若者からも支持されていて実写化するような作品をバンバン出している、ポピュラーな作家が書かなくても良いような腫れ物扱いされるような題材に真正面から向き合っており、作者の覚悟を感じたし、もういい意味で青臭さが多分に漏れてくるような作品は読めないのかなって少しの寂しさもあった。

性犯罪はもちろん悪だけど、小児性愛とか特殊性癖については先天性のところが大きいと思うし、自身ではどうしようもないものなんだとわかり今までの自身の視野の狭さを感じたし、一緒くたに目を顰めて退けるのも違うよなって読んでいるうちに思ってくる。

また、題材の衝撃というか重さだけではなく、物語の展開もぐっと心を掴んでぶん回されるところがいくつもあり流石だなと思った。冒頭で読んだ独白の意味やニュースの内容が全部読み終わったあとにもう一度読み返すと、ミスリードされていたことに気づいて、違った捉え方ができるし、哀しさがズンと押し寄せてくる。

あと、登場人物のてんで見当違いな考え方とか、胸糞の悪さの描写が秀逸で、やっぱり人のダサいところや恥ずかしさを伴った醜悪さを書かせたらピカイチだなと再確認した。

その至らなさの指摘に終わるのでなく、そこを伴った上で、終盤の大也と八重子の、すれ違っていた思いをお互いにぶちまけることによって、ついに重ねられそうな部分がかすかに見えてくるところなんかも、その後の事件を知ってるからこそ、哀しさと喜びが入り混じった感情になる。

そして逮捕後の佳道と夏月の、世間への諦めと二人だけの通じ合いについても、その現実自体は辛いけど、世界でただひとつの生きていく希望・理由が見い出せて幸福感すら感じてくる。

フィクションであっても、事象自体は紛れもない現実で、何かを断定した感想なんて言えやしないし、マジョリティとマイノリティについても耳が痛い分も多分にあり、触れられたくない部分をこれでもかとかき回されて、生きていく上での考え方、社会のあり方、他人への理解と傍観の示し方など、たくさんのことを改めて考えさせられた傑作だった。頭ん中でいろんな情報や考え方がごちゃ混ぜになって未だ整理できていないので、読んだ人と響いた部分を出し合って意見を交換したくなる。

ここまで踏み込んでしまうと、作者としても後戻りできない境地にたどり着いたんじゃないかと思うし、個人的にも今まで読んだ作品もこれから読む作品にもどこか薄っぺらさを感じてしまうんじゃないかという不安を感じさせるとてつもない物語だった。

 

 

正欲

正欲

 

 

 

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