『愛されなくても別に』武田綾乃

新感覚だった。

 

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『愛されなくても別に』 武田綾乃

時間も金も、家族も友人も贅沢品だ。「響け!ユーフォニアム」シリーズ著者が、息詰まる「現代」に風穴を開ける会心作!(Amazonより)

 

 

著者の作品を読んだことなかったけど、評判で気になって。

ここ数年は、20〜40代の人生一回失敗や挫折を経験したり苦難を前にした人たちの物語を読むことが多かったけど、この作品はそもそもがマイナスからスタートしたような二人の、再生の仕方や立ち向かい方ではなく、逃げ方の物語。

特に主人公の陽彩の、開放されたいと願っていながらも家族という鎖に縛られて身動きが取れない様子が、苦々しさと諦めと情愛が綯交ぜになっていて好きだった。

ーあどけない寝顔を晒す母を見ていると、私は眼球の奥で沸々と熱が滾っていくのを感じる。強烈な腹立たしさと諦観、その根底にあるのはどうしても拭いきれない母親への愛だった。こんなに苦しめられても、尚、私は母を愛している。それが、私の弱みなのだ。ー

 

そして、江永という自身の鏡像のような存在との出会いが、陽彩に決別と逃亡のきっかけを与え始める。

ー何故世の中に家族という言葉が蔓延っているのか、本当は私も分かってもいる。幻想だからこそ、それを守ろうとしている人々は強いのだ。家族であるというただそれだけの理由で、他人を育成する。子育ては手間が掛かり、金も掛かる。それでも尚、子供という一個人を育て上げるのだから、親という生き物は尊ばれるのだ。

私は、血がつながっているだけの他人を親とは呼ばない。呼びたくない。ー

 

家族という憎みきれないし逃れられないように見なされている一種の呪いのようなものに対して、互いの傷を見せ合い、共有し、戦うよりも逃げる道を二人で歩んでいく。

ー燻る憎しみは、そう簡単には消えてくれない。だが、それから目を逸らす強かさを、私は手に入れつつあった。傷だらけの過去を凝視し続けるには、人生はあまりに長すぎる。ー

 

今まで体験したことがなかった、逃げ方という人生の選択肢があることを知り、そこには決してネガティブさだけではなく、強い心が備わっていることを感じた。解決や明るい兆しはあまり感じないけど、決して絶望ばかりではなく、二人だったら逃げ続けられるのではないか、そう在ってほしいと期待してしまう。

 

 

愛されなくても別に

愛されなくても別に