『くもをさがす』西加奈子

”私の胸は、本当に、本当に素敵だった。医療廃棄物として処理されたであろう私の胸と乳首に、私は今、心から謝罪したい。そして、感謝したい。”

 

『くもをさがす』西加奈子

▶︎あらすじ

カナダでがんになった。

あなたに、これを読んでほしいと思った。

これは、たったひとりの「あなた」への物語ーー

祈りと決意に満ちた、西加奈子初のノンフィクション

『くもをさがす』は、2021年コロナ禍の最中、滞在先のカナダで浸潤性乳管がんを宣告された著者が、乳がん発覚から治療を終えるまでの約8 ヶ月間を克明に描いたノンフィクション作品。

カナダでの闘病中に抱いた病、治療への恐怖と絶望、家族や友人たちへの溢れる思いと、時折訪れる幸福と歓喜の瞬間――。

切なく、時に可笑しい、「あなた」に向けて綴られた、誰もが心を揺さぶられる傑作です。(Amazonより)

 

 

▶︎感想

ただただ圧倒された一度目。

内容や考えを体に染み込ませようとした二度目。

さらに違う部分に面白さや意図を感じ始めた三度目。

3回読んだけど読むたびに作品と著者の素晴らしさと底知れなさが増して、同じ時代に生きて読めたことに感謝するばかり。

 

カテゴライズするべきではないのだろうけど、単なる(この言葉も間違っているけれども)闘病記(共存の記録)に収まらず、考えや感情、状況とリンクする芸術作品の引用があり、それらが読み手の理解を助けてくれることもあるし、著者の深淵をさらに深まらせることもあって、読み物としての芸術性がとても高いと思った。

 

読み返すたびに、「くも」自身とそれが示すメッセージ、「もうひとりの自分」という乖離した存在の意味の変化など、たくさんの気づきがあって、今まであまりしてこなかった「同じ本を何度も体験することの良さ」に気づかせてくれた。これからの読書の仕方が変わりそう。

 

それに負けず、初体験の時の衝撃もものすごくて、個人的には両乳房切除手術の際の、「1977年生まれの、ニシカナコです」という一言から、乖離していた自分自身との一致から、爆発的に文章の面白みやエネルギッシュさが増すところがめちゃくちゃ好きだった。(それまでの文章が決して物足りないわけではないし、著者からあまり感じたことがなかった負の感情の吐露はすごく良かった。)

そこからが想像していた西加奈子というか、むしろ前半のがんとの共存の日々を経たからこそ、さらに人間としての広さと深さを増した文章は、とても貴重で贅沢なものだった。

そこには、がんやコロナを始め、現代ならではの様々な問題に対する著者の考えが散りばめられている。どのトピックにおいても感じるのは、著者の目に見える範囲での主観と、それには収まらない考え方があるというとても優れたバランス感覚と度量の大きさだ。

この感覚があるからこそ、他者にも、もうひとりの自分にも、まだ見ぬ「あなた」にも、大きく優しく声をかけてくれるのだろう。

そしてその優しさを持っていたとしても、独り占めしたい素晴らしく美しい瞬間があるというところも芯の強さと気高さを感じた。

 

”私は、私に起こった美しい瞬間を、私だけのものにして、死にたい。いつか棺を覗き込んでくれたあなたが、いつか私の訃報をどこかで知るあなたが、そして、私の死に全く関与せずにどこかで生きるあなたが知らない、私だけの美しさを孕んで、私は焼かれるのだ。

だから私の「全て」は、結局、私が決定したものである。

乳房を失った私の体が、今の私の全てであるように、欠けたもののある私の文章は、でも未完成ではない。欠けたものの全てとして、私の意思のもと、あなたに読まれるのを待っている。そこにいるあなた、今、間違いなく息をしている、生きているあなたに。それは、それだけで、目を見張るようなことだと、私は思う。”

 

3回読んだら少しは上手くまとめられるかなと思ったけど、読むたびに増えていく好きはまとめられるはずなんてなかったし、見返すだけでも語り合いたい部分で溢れている。

この作品に出会えて、読んでよかったと心底思わせてくれる今年ナンバーワンの傑作。

 

 

 

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