『スモールワールズ』一穂ミチ

新たな世界と出会えた気がする。

 

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『スモールワールズ』一穂ミチ

夫婦円満を装う主婦と、家庭に恵まれない少年。「秘密」を抱えて出戻ってきた姉とふたたび暮らす高校生の弟。初孫の誕生に喜ぶ祖母と娘家族。人知れず手紙を交わしつづける男と女。向き合うことができなかった父と子。大切なことを言えないまま別れてしまった先輩と後輩。誰かの悲しみに寄り添いながら、愛おしい喜怒哀楽を描き尽くす連作集。(Amazonより)

 

読み始めたときは、せつなさとあたたかさが混ざった感じの短編集かなと思ってたけど、「ピクニック」の最後3ページを読んだ時瞬間に印象がガラリと変わる。それまでのジンワリ感も相まって背筋凍るような寒気を感じた。この本はそんな生易しいものじゃないなと。

そのあとの「花うた」や「愛を適量」もわかりやすさや、大多数が期待しているような結末ではなく、幸でも不幸でも、しっかりそこの登場人物たちの人生を描ききっている印象だった。

人の生活や人生なんてのは喜劇や悲劇に割り切れるものではないし、色々な清濁併せた経験や感情の層を積み重ねて、最終的に誰がどこから観るかで変わっていくんだなってって思わせてくれる、今まであまり経験したことのない面白さがクセになる。

 

 

 

『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』町田その子

鮮烈だった。

 

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『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』町田その子

 

思いがけないきっかけでよみがえる一生に一度の恋。
そしてともには生きられなかったあの人のこと――。 大胆な仕掛けを選考委員の三浦しをん辻村深月氏両名に絶賛されたR-18文学賞大賞受 賞のデビュー作「カメルーンの青い魚」。
すり鉢状の小さな街で、理不尽の中でも懸命に成長する少年少女を瑞々しく描いた表題作。その他3編を収録した、どんな場所でも生きると決めた人々の強さをしなやかに描き出す5編の連作短編集。(Amazonより)

 

 

ハッとするドンデン返しや、涙を誘うヒューマンストーリーや、生々しい妖艶な描写とか、そういうことに振り過ぎるのではなく、あくまで自然な流れで、でもその流れから逃れられない魅力がたっぷりあって、こういうのをセンスいいって言うんだろうな、とふと思った。

 

各編の繋がり方も大仰なものではなく、基本的には同じ土地に関わる人達の緩い関わりだけで、ウォーリーを探せみたいにどこで関わってくるんだろうなという楽しみもありつつ、その僅かな繋がりが大事な要素を担っている構成も良かった。

 

それぞれが抱える苦しみや葛藤に対して、決して明快な救いを提示するわけではなく、環境は境遇は変化すれど、あくまで「生き続けていく」ことに焦点を絞った物語は心を撃つものがあった。また、朝井リョウの『正欲』を読んだ後だと、それぞれの決別できない性質みたいなものに対する理解が今までと違ってきていて、改めて貴重な読書体験だったなと実感した。

 

本屋大賞を受賞したと知って、初めて読んでみた作家だったけど、この世界観というか文章の流れにハマりそうなのでいろいろ読んでみる。

 

 

 

 

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『バッテリー』あさのあつこ

面白すぎて速攻シリーズ読破。

 

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『バッテリー』シリーズ あさのあつこ

「そうだ、本気になれよ。本気で向かってこい。―関係ないこと全部捨てて、おれの球だけを見ろよ」中学入学を目前に控えた春休み、岡山県境の地方都市、新田に引っ越してきた原田巧。天才ピッチャーとしての才能に絶大な自信を持ち、それゆえ時に冷酷なまでに他者を切り捨てる巧の前に、同級生の永倉豪が現れ、彼とバッテリーを組むことを熱望する。巧に対し、豪はミットを構え本気の野球を申し出るが―。『これは本当に児童書なのか!?』ジャンルを越え、大人も子どもも夢中にさせたあの話題作が、ついに待望の文庫化。(Amazonより)

言われまくってることだけど、本当に児童書なの?って疑問が読んでいてまず浮かぶ。

と思って「児童書」の意味を検索してみたら、「子供のためにかかれた本」と出てきたので、そういう意味では間違いなくそう。でもこれは全年齢層全方位的に響きまくるし苦しくさせる。

青春系の爽やかな読みやすい感じなのかなと思っていたら、エゴと自尊心と存在意義の証明と、世間・社会・組織・仕組みへの苛立ちと対する無力さと反抗と、消化しきれない清濁併せ持った感情がこれでもかと溢れていた。読んでいるうちにどんどん苦しくなっていくのは、自分たちが大人になるにつれて妥協や諦めを伴って見過ごしたり、目くじら立てなくなってきたことに対して、主人公が傲慢なほど純粋な感情を持って相対しているからだ。

わずか一年間の、公式戦を一度も行わず、しかも試合を一度も最後まで描ききらないのに、野球に対するこれでもかと高い熱量を感じて夢中になれる。しかもその濃密な一年間を、主人公たちと野球という絶対的な軸をぶらさずに描き通すから、脇役たちがどんどん移り変わっていき、巻を増すごとに感情と熱量の純度が高まっていく。野球に真摯であるからこそ、そこには手を取り合うような友情は介在しない。

あとがきも含めて、この作品が自立と覚悟と抵抗の物語だったんだなと感じるし、作者自身も主人公と戦って負けてを繰り返してもがいてきたことが読み取れる。

読んでて何度も焦ったり、息詰まったり飲んだり、苦しくなるところがたくさんあるけど、子供も大人も全員に刺さる傑作だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『正欲』朝井リョウ

もうあとには引けない。

 

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『正欲』朝井リョウ

あってはならない感情なんて、この世にない。
それはつまり、いてはいけない人間なんて、この世にいないということだ。

息子が不登校になった検事・啓喜。
初めての恋に気づいた女子大生・八重子。
ひとつの秘密を抱える契約社員・夏月。
ある人物の事故死をきっかけに、それぞれの人生が重なり合う。

しかしその繋がりは、"多様性を尊重する時代"にとって、
ひどく不都合なものだった――。

「自分が想像できる"多様性"だけ礼賛して、秩序整えた気になって、
そりゃ気持ちいいよな」

これは共感を呼ぶ傑作か?
目を背けたくなる問題作か?

作家生活10周年記念作品・黒版。
あなたの想像力の外側を行く、気迫の書下ろし長篇。(Amazonより)

 

10周年の白版『スター』も作者らしくて面白かったけど、これは作者史上一番の問題作であり、個人的に今年読んだ本で一番だった。

著者の作品はだいたい読んできて、20代前半の時の作品は、こちらの痛いところ突かれてような感じもしつつ、スラスラ読めるような感じだったけど、年を経るごとにそのバランスが逆転したとというか、読み進めやすいとは言い難いけれども、捲る手を止められない中毒性が増してきた。特にこの2〜3年の作品は。

今作においても「特殊性癖」ということが軸の一つになっており、若者からも支持されていて実写化するような作品をバンバン出している、ポピュラーな作家が書かなくても良いような腫れ物扱いされるような題材に真正面から向き合っており、作者の覚悟を感じたし、もういい意味で青臭さが多分に漏れてくるような作品は読めないのかなって少しの寂しさもあった。

性犯罪はもちろん悪だけど、小児性愛とか特殊性癖については先天性のところが大きいと思うし、自身ではどうしようもないものなんだとわかり今までの自身の視野の狭さを感じたし、一緒くたに目を顰めて退けるのも違うよなって読んでいるうちに思ってくる。

また、題材の衝撃というか重さだけではなく、物語の展開もぐっと心を掴んでぶん回されるところがいくつもあり流石だなと思った。冒頭で読んだ独白の意味やニュースの内容が全部読み終わったあとにもう一度読み返すと、ミスリードされていたことに気づいて、違った捉え方ができるし、哀しさがズンと押し寄せてくる。

あと、登場人物のてんで見当違いな考え方とか、胸糞の悪さの描写が秀逸で、やっぱり人のダサいところや恥ずかしさを伴った醜悪さを書かせたらピカイチだなと再確認した。

その至らなさの指摘に終わるのでなく、そこを伴った上で、終盤の大也と八重子の、すれ違っていた思いをお互いにぶちまけることによって、ついに重ねられそうな部分がかすかに見えてくるところなんかも、その後の事件を知ってるからこそ、哀しさと喜びが入り混じった感情になる。

そして逮捕後の佳道と夏月の、世間への諦めと二人だけの通じ合いについても、その現実自体は辛いけど、世界でただひとつの生きていく希望・理由が見い出せて幸福感すら感じてくる。

フィクションであっても、事象自体は紛れもない現実で、何かを断定した感想なんて言えやしないし、マジョリティとマイノリティについても耳が痛い分も多分にあり、触れられたくない部分をこれでもかとかき回されて、生きていく上での考え方、社会のあり方、他人への理解と傍観の示し方など、たくさんのことを改めて考えさせられた傑作だった。頭ん中でいろんな情報や考え方がごちゃ混ぜになって未だ整理できていないので、読んだ人と響いた部分を出し合って意見を交換したくなる。

ここまで踏み込んでしまうと、作者としても後戻りできない境地にたどり着いたんじゃないかと思うし、個人的にも今まで読んだ作品もこれから読む作品にもどこか薄っぺらさを感じてしまうんじゃないかという不安を感じさせるとてつもない物語だった。

 

 

正欲

正欲

 

 

 

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『デートクレンジング』柚木麻子

アイドル小説って無条件に惹かれるよね。

 

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『デートクレンジング』柚木麻子

 

「私にはもう時間がないの」

女を焦らせる見えない時計を壊してしまえたらいいのに。

 

茶店で働く佐知子には、アイドルグループ「デートクレンジング」のマネージャーをする実花という親友がいる。

実花は自身もかつてアイドルを目指していた根っからのアイドルオタク。

何度も二人でライブを観に行ったけれど、佐知子は隣で踊る実花よりも眩しく輝く女の子を見つけることは出来なかった。

ある事件がきっかけで十年間、人生を捧げてきたグループが解散に追い込まれ、実花は突然何かに追い立てられるように“婚活"を始める。

初めて親友が曝け出した脆さを前に、佐知子は大切なことを告げられずにいて……。

 

自分らしく生きたいと願うあなたに最高のエールを贈る書下ろし長編小説。(Amazonより)

 

 

個人的にも30半ばで結婚予定も相手もいないから、身につまされる部分もあった。でもそれよりも「かつて追いかけて熱中していたものとどうやって、どのくらいの距離感で向き合っていくか」というところが響いてきた。

 

感情に従って何かに心ゆくまでのめりこむことが、理不尽な世の中に対抗する唯一の手段なのだ

 

特にこの文章は、年甲斐もなくというふうに周りから見られている人にはグッとくるものがあるし、好きなものは捨てなくていいんだと肯定してくれているように感じた。終盤にもあるように「オタクのパワー」は一生持っているべき自分の人生をかけて磨いてきた武器なんだなと。

 

朝井リョウの『武道館』といい、アイドルがテーマに入っている小説には刹那性が増幅されていて惹きつける力が強いけど、その後の人生について訴えかけている今作はまた一味違うパワーを与えてくれる。

 

 

 

デートクレンジング

デートクレンジング

  • 作者:柚木 麻子
  • 発売日: 2018/04/11
  • メディア: 単行本
 

 

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『毒島刑事最後の事件』中山七里

この中毒性と快感を待っていた。

 

 

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『毒島刑事最後の事件』中山七里

刑事・毒島は警視庁随一の検挙率を誇るが、出世には興味がない。一を話せば二十を返す饒舌で、仲間内でも煙たがられている。そんな異色の名刑事が、今日も巧みな心理戦で犯人を追い詰める。大手町の連続殺人、出版社の連続爆破、女性を狙った硫酸攻撃…。捜査の中で見え隠れする“教授”とは一体何者なのか?動機は怨恨か、享楽か?かつてない強敵との勝負の行方は―。どんでん返しの帝王が送る、ノンストップミステリ!(Amazonより)

 

 

著書の中で一番好きな作品の待望の続編というか前日譚。

 

犯人たちの尊大さや傲慢さと、それを笑いながらネチネチと追い詰め、化けの皮を剥がしていく爽快感は相変わらず。

そして犯人の人間としての汚さや恥を指摘された時には、「もしかしたら自分にもこういうところあるかもな…」と一種の寒気を覚える。

黒幕に同属嫌悪を覚える毒島も新鮮だったけど、途中で「あれ?結末こんな感じ?」と少し肩透かしを食らうも、そこからがさすがの中山七里。

殺人教唆の教唆という展開は見事だったし、その黒幕に対しても一枚一枚剥がしていくように迫っていく描写は捲る手を止めてくれない。

 

ラストでの潔さと薄気味悪さがしっかり前作に繋がってくる回収の仕方も完璧だった。

 

個人的なブラックユーモア?の最高峰としてこの二冊はずっと本棚に置いておきたい。

 

 

毒島刑事最後の事件

毒島刑事最後の事件

  • 作者:中山 七里
  • 発売日: 2020/07/22
  • メディア: 単行本
 

 

 

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『エンド・オブ・ライフ』佐々涼子

これも一生本棚入り。

 

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『エンド・オブ・ライフ』佐々涼子

「死ぬ前に家族と潮干狩りに行きたい…」患者の最期の望みを献身的に叶えていく医師と看護師たち。最期を迎える人と、そこに寄り添う人たちの姿を通して、終末期のあり方を考えるノンフィクション。(Amazonより)

 

ちょうど読んだ日が、大袈裟に言うと「死の近さ」みたいなものに人生で一番怖くなっていたときだから、なおさら響いたものがある。

南杏子を始め、終末期医療や在宅医療関連の作品は好きだったけど、この本はノンフィクションてこともあり、影の部分のインパクトが強烈だった。人生の最期に向かう輝きだけではなく、綺麗事ではない、現実の虚しさややるせなさ、悔しさ、周囲の人との不和や折り合いのつかなさなど、清濁しっかり際立たせたエピソードが、より死というものを身近にしてくれた気がする。身体が動かなくなり、痛みに耐えられなくなり、配偶者とも離婚し、自殺を選択する人なんて、それがフィクションではなくしっかり存在していたことを考えると苦しさがこみ上げてくる。

医療が進歩し、選択肢が増え、諦めの限界値までの距離が長くなったことにより、どこまで頑張るか、あがくか、どんな最期を希望するか、在宅でどう過ごすかなど、逆に本人や家族を悩ませることが増えてきている。

そんな中でも、「たいていは生きてきたように死ぬ」という考えも含め、作中ではひとつの答えを見出している。

自分の好きなように過ごし、自分の好きな人と、身体の調子をを見ながら、『よし、行くぞ』と言って、好きなものを食べて、好きな場所に出かける。

 

情報量が多く、現実として考えなきゃいけない部分もたくさんあり、読み終わってもうまく咀嚼できていない。これから年取ったり、誰かと一緒になったり、家族が増えたり、家族が減ったりする度に受け取り方が違ってくると思うから、傍に置いておきたい一冊。

 

 

エンド・オブ・ライフ

エンド・オブ・ライフ

  • 作者:佐々 涼子
  • 発売日: 2020/02/05
  • メディア: 単行本
 

 

 

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