『ペニー・レイン 東京バンドワゴン』小路幸也

”本当の愛は生まれるものではなく、作られるものです”

 

『ペニー・レイン 東京バンドワゴン小路幸也

◆紹介◆

人が人を呼ぶ、この下町の温かさよ……!

銭湯、豆腐屋さん、花屋さん、和菓子屋さん、染め小物店……語られてこなかったご近所とそこに暮らす人々にスポットライトがあたる、下町ラブ&ピース小説。

堀田家の絆はますます深まる、大人気シリーズ第18弾!

 

堀田家の暮らす下町に〈日英テレビ〉のロケ隊がやってくる!? そして迎える、“大引っ越し大会”。そんな慌ただしい日々に飛び込んでくるのは、かつて閉店したお店の謎や、突然の放火疑惑、思いがけない人生の悩みに、大事な家族のメンバーとの別れ……。巡る時代を共にしてきたご近所の仲間たちと、改めて「LOVE」を分かち合う。

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◆感想◆

春の風物詩、年に一度楽しみにしているシリーズの最新刊。

 

あたたかい家族の日常を描いた物語で、驚きや急展開なんてものはなかなか存在しない。

でも、毎年同じ家で、小さな街の不思議や謎を同じように解決しているように見えても、少しずつ家族は成長し、増えていき、少しずつ始まった当初では予想もしていなかった方向にも進んでいるんだなってことを改めて感じた。

 

特に今回は青(我南人の次男)がすごく良かった。

嫉妬や妬みとまでは言わないけれども、生まれてしまった家族との状況の差や劣等感を埋めようと悩む姿は、貴重なエピソードだった。

周囲の人物はトラブルや悩み、様々な感情を抱えていることはあっても、堀田家のメンバーがそれを表し、それをきっかけにして動き出す展開はシリーズ通してもなかなか珍しかった。特にそれが一番なんでもそつなくこなす青であれば尚更。

 

また、サチ(勘一の亡き妻)の締めの言葉が、今作は特に印象に残っている。

 

”立ち止まったというのは、そこまで自分の力で歩いてきたからこそなんですよ。素晴らしい努力の結果なのですから恥ずべきことではありません”

 

”どんなに小さなことでも、たとえば漫画を読んでおもしろかったと思ったのならば、それはもう間違いなく生きていて良かったという瞬間ではないでしょうか”

 

自分が年を経て受け取り方が変わってきたのか、本当に少しずつ意図やメッセージが変わってきたのかはわからないけど、この変化を来年の春も楽しみたい。

 

 

 

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『恋とそれとあと全部』住野よる

「捕まってんな、私ら」

 

『恋とそれとあと全部』住野よる

◆あらすじ◆

片想い男子とちょっと気にしすぎな女子。二人は友達だけど、違う生き物。

一緒に過ごす、夏の特別な四日間。

めえめえ(瀬戸洋平)は下宿仲間でクラスメイトの女子サブレ(鳩代司)に片想いをしている。

告白もしていないし、夏休みでしばらく会えないと思っていた。そのサブレが目の前にいる。

サブレは夏休み中に遠方にあるじいちゃんの家に行くのだが、それはある〝不謹慎な〟目的のためだった。

「じゃあ一緒に行く?」

「うん」

思いがけず誘われためえめえは、部活の休みを利用してサブレと共にじいちゃんの家を目指す。

夜行バスに乗って、二人の〝不謹慎な〟そして特別な旅が始まる――。

恋という気持ちが存在する、この世界に生まれてしまった全てのあなたへ。

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◆感想◆

たったひとめくり、たった一文で、世界をガラッと変えてしまう衝撃。

 

その一文までも、不器用なまでに自分の発言と他者に誠実であろうとする女の子の描写や、見過ごしても問題がないようなわずかなやり取りの違和感をしっかりと言語化している部分に、著者らしい面白さがたくさん散りばめられている。

 

ちょっとユニークな女の子と落ち着いている男の子の、夏休みらしい恋愛のはじまりのストーリーだと思っていたのに、その一文によって、それまでに感じていた男の子の好きな子に対する考え方とか理解の寛容さみたいなのものが、その他大勢の意見に揺さぶられず積み重ねていった相手への想いみたいなものが、ある種どうでも良くなるというか、意味がないものに感じてしまう。

 

そして、自認している自分の人間性と、好きな人から伝えられる汚さも含んだ人物評に格差があることは、思春期の男子にはとても耐えられないことだと思う。

 

でもそんなわかりやすいハッキリしたストーリーではなく、その短所と見なされるような部分も含めて、そこに囚われてる自分も込みで、相手にとってどんな存在でありたいかという、たくさんの要素を含んだグラデーションな自我と関係性の物語だった。全然上手く説明できないけど。

 

個人的に印象的だったのが、自由や多様性の象徴である虹が、その色数の認識自体に地域で差があるということで、「様々な色を受け入れる受容性」という考え方自体が枠であり一種の決めつけなんじゃないかと思い始めてきた。この考え方は朝井リョウの『正欲』を読んだことが大いに関係していると思う。

 

相手の自由の羽をもぐことになっても、自分が望んでいなかった不自由が付き纏ったとしても、一緒にいたいという代えがたい価値について考えさせられる作品だった。

 

 

 

 

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『高校事変13』松岡圭祐

”わからない?いまはほかの苗字の奴より頼りになるってことが”

 

『高校事変13』松岡圭祐

◆あらすじ◆

新章、開幕!

最終決戦で宿敵の兄・架祈斗を倒した結衣と凛香。2人ともに進学が決まり、新しい生活が始まろうとしていた。そんな中、高校入学を控えた凜香は、江東区の閑静な住宅街にある神社で同年代の少女、杠葉瑠那と向き合っていた。彼女は一体、何者か――? 同じ頃、各地で女子高生の失踪事件が続発。やがて高校生になった凜香の周りにも不穏な影が……。満を持しての新章スタート、衝撃のJK青春ハードボイルド、再始動!(Amazonより)

 

 

◆感想◆

 

大好きなシリーズが、まさかの新章突入。

 

「Ⅻ」までの主人公であった優莉結衣の妹・優莉凛香を軸にしたストーリーで、新たに登場する女子高生・杠葉瑠那との出会いから巻き起こる新たな高校事変。

 

スピンオフである、『優莉凛香 高校事変劃編』を通して、グッと凛香との距離が近くなっていたこともあるけど、姉の結衣にはなかった、失敗したりキレたりで揺れ動く感情の激しさが新たな楽しみの一つ。現実感とは到底言えないけど、親近感みたいなものを感じさせてくれる。

 

そう思いながら読んでいたら、やっぱり一筋縄ではいかない展開で、瑠那の真の姿にはテンションが上がらずにはいられないし、やっぱりこの物語はこうでなくちゃとも思わせてくる。

 

そうなってくるとまた凛香の気持ちが気になってくる。完全無欠な姉に次いでまた劣等感に苛まれるかもしれない人物の登場。今後いいバディとして受け入れていくのか、超えてみせるのか、心身の成長を共にした感情の変遷にも注目したい。

 

結衣シリーズからの裏切りや心変わりなんかもこのシリーズでは重要になってくるんだろうし、あれだけインフレにインフレを重ねた戦闘、世界中を巻き込めるだけ巻き込んだ規模感を、どの角度から超えてくるのかも楽しみ。

 

あとやっぱり、天才同士、結衣と瑠那の邂逅にももちろん期待しかない。

 

なにはともあれ、またこの物語を、しかも5月から3ヶ月連続刊行で読めることが幸せ。

 

 

 

 

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『鎌倉駅徒歩8分、空室あり』越智月子

鎌倉、シェアハウス、コーヒー、カレー、面白くないわけがない。

 

鎌倉駅徒歩8分、空室あり』越智月子

誰かと生活することは、めんどくさいけどあたたかい。
鎌倉駅から徒歩8分。木々と小鳥に囲まれたシェアハウスには、今日もカレーとコーヒーの香りがいっぱい。
まだ空室アリ〼。(Amazonより)

 

 

作品名とあらすじから、ほのぼの系を想像していたけど、最初の章からなんとなくそれだけではなさそうな違和感を感じる。

そして2番目の章の冒頭でその違和感はより露わになっていき、この物語は内心の綺麗じゃない部分を含んだ、もっと人間臭いものなんだと気づき始める。

 

女性にフィーチャーされてはいるけれど、夢や希望が人生を形成する割合が低くなってきた年代の、諦めやなんとかならないことも含めて、全てを万事解決せず、必要以上に纏めず、とりあえずしばらくの間の暮らしがふっと楽になる程度の落とし所が好感が持てる。

 

また、前の章で外から見た長所が目立ち、メインとなる章で内側のうんともすんともいかない、ドロッとした部分の心理描写があり、それからきっかがあり、みんなで食卓を囲んで少し生きやすくなる。この構成がすごく好きだったし、各エピソードのタイトルが秀逸。

 

最終章の終わり方も素敵だったし、ここまで意識せず読んでいた主人公を取り巻く環境も思いやりで溢れていた。巻末のレシピまで読み手を楽しませる工夫も嬉しい。

 

初めて読んだ作家さんだったけど大満足だった。

 

 

 

『飛ぶ教室』 著 ケストナー 訳 丘沢静也

”人形が壊れたからでも、あとで友だちを失ったからでも、泣く理由はどうでもいい。人生で大切なのは、なにが悲しいかではなく、どれくらい悲しいか、だけなのだ”

 

飛ぶ教室』 著 ケストナー 訳 丘沢静也

この作品こそ、いまの大人と、そして子どもが読むにふさわしい極上の物語。何歳になっても読める=読みたくなる、大人同士、子ども同士、大人と子どものすばらしく深い友情とユーモアが、忘れかけていた温かい人間の心を呼びさます。今回の新訳は初めて大人の目線をはっきりと導入し、軽やかで明晰な話として蘇らせた。訳者・丘沢静也は、長年ケストナーに惚れぬいてきたが、ここにその果実が結晶。(Amazonより)

 

 

『図書室のはこぶね』で鍵となる作品。

 

外国文学を読んだ時にいつも感じることで、カタカナの名前と人物が始めはなかなか一致しないんだけど、この作品は小気味よく読みやすいボリュームで区切られている章を経るごとに、どんどん名前と人物が一致してきてひとつの像になっていく過程が読んでいて楽しかった。

 

5人の腕白たちがどんどん鮮明になっていき、そして愛着が湧いてくる。

 

寮という限られた空間でのボーイ・ミーツ・ワールドの物語で、ほんの数日での少年たちの気持ちの揺れ動きや成長が眩しい。

特に、ウーリの弱さへの葛藤と、マティアスのウーリに対する思いやりが好きだった。

ほかの三人も、短所への自覚や逆境に対する折り合いの付け方など、頑張って胸張って背伸びしている様子も印象的。

 

”心配するなよ。すごく幸せってわけじゃない。幸せだなんて言ったら、ウソになる。けどさ、すごく不幸でもないんだから”

 

また、冒頭のまえがきを読んだだけだど、脈絡やまとまりがないというか不思議な話なのかなって感じるけど、無理なく自然な流れでその道筋を通りながら物語が進んでいくことに、文章力の凄さを感じた。

 

海外の物語への入門編としてオススメの一冊。

 

 

 

『ルポ川崎』磯部涼

”サンタクロースがやってこなかった子どもでも、サンタクロースになることはできるのだ”

 

『ルポ川崎』磯部涼

ここは、地獄か?

工業都市・川崎で中1殺害事件や簡易宿泊所火災、老人ホーム転落死といった凄惨な出来事が続いたのは、偶然ではないーー。

俊英の音楽ライター・磯部涼が、その街のラップからヤクザ、ドラッグ、売春、人種差別までドキュメントし、ニッポンの病巣をえぐる。(Amazonより)

 

 

ノンフィクションの池袋ウエストゲートパークを読んでいるようだった。

出版された当時から読みたいリストには入ってたけど、なかなか読めてなかったやつをやっと。

 

こういう土地柄のストーリー、しかもハードな現実の物語って読み応えあるし語弊があるけどめちゃくちゃ好き。

その理由はなんなのかっていうと、自分の経験では慮れない、ある意味全く共感できない状況を見せつけられるからで、想像力や自身の社会での立ち位置の認識の圧倒的な欠如を感じるからなのかもしれない。

 

冒頭でも書いたように、一種の市井のヒーローたちの物語にように感じるけど、それは同じ日本に存在する紛れもない現実。

そんな状況下での連帯や繋がりは、作中でもあるように、「ルーツ」ではなく「におい」という、ある種一番現実的な感覚で生まれるもの。

そういうハードな環境で、外部からの介入や制度によってもたらされたものではなく、人と人との繋がりやひどく純粋な欲求によって形成されたストリートカルチャーは、いつの時代も若い人を中心に惹きつけてやまないものなんだと思う。

 

どんな絶望的な時代や状況でも、「もしかしたら自分も」と微かにでも思わせてくれたり、なにかに努力することの意味を見出してくれる人たちを、フッドスターと呼ぶのだろう。

 

 

 

 

 

『大きなハードルと小さなハードル』佐藤泰志

”世間の眼などどうでもよかった。鳥は夜に眠り、啼かないものだ、と教えてくれる世間など。”

 

『大きなハードルと小さなハードル』佐藤泰志

生と精神の危機をひたむきに乗り越えようとする表題作はじめ80年代に書き継がれた「秀雄もの」と呼ばれる私小説的連作を中心に編まれた没後の作品集。作家・佐藤泰志の核心と魅力をあざやかにしめす。(Amazonより)

 

 

作品の空気感みたいなもので言えば、一番クセになっている著者。

 

今作も男女や家族の3つの短い物語から、カラッと晴れてはいないけど雨でもない、それでいてジトっとともしていないような、独特の空気を感じとれた。

 

どの作品も明るく朗らかって感じてはないし、早々特別なことがあるわけでもないけど、日常生活の些細な機微がきっかけとなり、微かなこれからへの希望を見出していた。

 

長い時間をかけて、この人の物語をできるだけ多く読んでいきたい。

 

 

 

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